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2010年6月の9件の記事

2010年6月23日 (水)

1991 RVF750 OKI HONDA ワイン・ガードナー/ミック・ドゥーハン

SUZUKA 8HOURS ENDURANCE ROAD RACE
OKI HONDA RACING TEAM

 

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This machine raced in the 3rd round of the 1991 World Championship Endurance Serues,the Suzuka 8-Hours.
It qualified fastest and won the race with a talented team of riders.

HRC"The 25th anniversary 1990 - 1994"

 

1991年世界耐久第3戦、鈴鹿8時間耐久レース出場車。
ゴールデンコンビにより優勝、予選も1位の完全制覇を達成。

 

 

エンジン種類 水冷4サイクルV型4気筒DOHC4バルブギヤ駆動
排気量 748.1cm3
最高出力 140PS以上/ 13,500rpm
最大トルク 8.1kgm / 11,500rpm
重量 140kg 以下
変速機 6段変速
サスペンション(前) テレスコピック(アップサイドダウン)
サスペンション(後) プロリンク

 

Engine      Liquid・Cooled 4 Storoke4・Valve
           "V"・Shaped4・Cylonder749cc
            Max Power:Over140ps
                  Frame Type :Twin Tube

Suspension  Front:Inverted Telescopic Type
            Rear:Prolink Type

Dimensions  2000×600×1060mm
Wheelbase   1385mm
Clearance    110mm
Weight        140kg  

HONDA"Force V4 Story"

 

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「私の最大の光栄は、一度も失敗しないことではなく、倒れるごとに起きるところにある。」

本田宗一郎の名言 格言

 

 

 

 

 

1990年8耐、ゼッケン11番OKIホンダ ワイン・ガードナーは自身の転倒で引き離された ゼッケン21、TECH21ヤマハを猛然と追い上げていた。
しかし突然、マシンが止まってしまう。

コース上でタンクをゆらすガードナー。
予想を遥かに超えたハイペースでの走行がHRCの燃費計算を狂わせ、ガス欠をおこしてしまった。

ガードナーの指先はタンク側面をさまよっていた。
”リザーブコックは何処だ!”

しかし、1990年式RVF750にはリザーブコック自体が装備されていなかった。

コースサイドにたて掛けられるRVF750。
ツナギのファスナーを開け、歩きだすガードナー。

彼の8耐は終わった。

 

1990 SUZUKA 8H FINAL

 

HONDA"失敗から生まれる勝利"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌年の1991年夏、ガードナー、ドゥーハンはリベンジを果たす為、鈴鹿に戻ってきた。

虎の子、RVF750は前年型と比べて見た目の大きな変化はない。
ただ、タンク周辺に大きな変更点が2点見られた。
リザーバータンク設置によるコック、フィラーキャップ一方にガソリン容量確認用の覗き窓が設置された。

 

HONDA”勝利へ向けての準備”

 

 

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1991年の鈴鹿8耐は悪天候によるコース状況の急変にみまわれた。
路面はウェットからドライに・・、西コースと東コースでは路面コンデションが異なってくる。

インターミディエイトでいくのか・・、スリックに交換か・・。
次々にライバル達がサンドトラップに呑み込まれていく中、ゼッケン11 OKI HONNDA ガードナー/ドゥーハン組は王者の風格を漂わせながら、淡々とラップを重ねてゆく。

 

1991 SUZUKA 8H Qualify

 

 

 

1991 SUZUKA 8H FINAL

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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左 1990年型・RVF750  右1991年型・RVF750

 

 

 

 

 

 

 

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”RVF750”
至上命令・・・「鈴鹿8耐は必ず勝て」

「鈴鹿8耐」は日本最大のロードレース大会である

 

鈴鹿8時間耐久ロードレースは1978年(昭和53年)の第1回大会より途切れることなく毎年夏、鈴鹿サーキットで開催されてきた日本最大のロードレース大会である。
バイク乗りやレースファンからは「夏の風物詩」として親しまれ、ニックネームは8耐(ハチタイ)である。

8耐は市販スポーツバイク改造車の耐久レースで、それが人気の秘密だった。
2012年に35回大会を数え、そのうちホンダは26回の優勝を記録している。
その勝率は7割4分で、ホンダは8耐で勝利を重ねてきた。

しかしホンダが強ければ強いほど、ライバル達も強くなる。
したがって毎年、8耐は熾烈な勝負を展開している。

真夏の熱さに耐え、台風の雨をものともせず8時間耐久レースは毎年スタートする。
まさかの逆転劇、予想だにしなかったチームの優勝と、8耐の歴史は名勝負の歴史そのものになった。
これこそが日本最大のロードレース大会と呼ばれる理由だ。

1980年代から1990年前半は、日本のスポーツ・バイクシーンが輝いた年代であった。
1985年から1995年の10年間は日本でもっともスポーツバイクが売れた時代だった。

そのスポーツバイクの夏の祭典である8耐の人気もまたピークを迎えていた。
毎年夏、鈴鹿には15万人以上の観客が全国各地から押し寄せてサーキットをうめつくした。

 

 

 

 

 

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鈴鹿8耐におけるホンダRVF750の活躍

 

1985年(昭和60年)から1993年まで、ホンダはV4エンジンのRVF750を8耐に投入し、ライバル達のパラレル4と激闘を展開していた。

1985年に8耐に初出場したRVF750は優勝し、翌1986年も勝手2連覇を成し遂げるが、1987年と1988年は好敵手ヤマハYZF750に2連覇されてしまう。
8耐に勝利することを運命づけられたホンダは、雪辱をはらすべく、1989年は優勝してみせる。
そして2連覇を狙った1990年がやってくる。

1990年、ホンダのナンバーワン・チームであったワイン・ガードナー/マイケル・ドゥーハンは、ポールポジションを獲得しながら、決勝レースでは序盤に転倒し、中盤にガス欠でリタイアする。

転倒は不運であったが、ガス欠は技術的な問題であった。

転倒後のハイペースな追い上げで燃費を悪化させていたが、燃料タンクの構造ミスによりピットインの燃料補給で満タンにならず、燃料計算よりも早く燃料不足となりエンジンが停止してしまった。
この燃料タンクは徹底した簡素化設計のためにリザーブコックを装備していなかったので、再スタートが不可能であった。

勝利を目指して開発したメカニズムが裏目に出たのであった。

この手痛いミスを挽回すべく、翌1991年型RVF750は、燃料タンクの細かな改良はもちろん、すべての機能が再検討され、勝利を確実に獲得するハイパフォーマンス・マシンへと生まれ変わった。

 

 

 

 

 

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1990年型から1991年型へ 勝利のための改良

 

2台のRVF750は、ホンダが心血を注いで開発した耐久レースマシンである。

耐久レース用のマシンは、スプリントレース仕様とは大きく異なる。短距離・短時間のスプリントレースはピットイン作業の必要がない。
しかし耐久レースでは、ピットインしてライダーが交代するばかりか、燃料やオイルの補給、タイヤ交換などが必要である。

燃料タンクに装備されている給油口が2つあるのは、そのひとつがタンク内部の空気を排出して燃料補給を数秒という短時間で交換するためのメカニズムである。

あるいはまた、前後タイヤを短時間で交換する為のメカニズムが組み込まれた前後サスペンションの仕組みなど興味深い仕様になっている。

1990年型と1991年型のRVF750のシルエットは大きな違いがないように見える。

しかし細かいけれど重要な仕様の違いは、燃料タンクまわりに見てとれる。
1990年の鈴鹿8耐ではナンバーワンチームがガス欠リタイアを喫したホンダは、1991年型ではタンク内部の機構を改良するとともにリザーブタンクを装備し、燃料容量確認のための点検窓まで装備している。
更に燃料残量警告灯が追加装備された。

こうした細部に至るまでの徹底した改良は、ホンダが8耐勝利を狙う執念をあらわにしたメカニズムであった。

勝利を獲得する為に勇気あふれるライダーの走りと大胆なチーム戦略が必要だが、それらのダイナミックな戦いを支えているものは、ネジ一本に至るまで徹底的に吟味した技術追求力なのである。

 

 

 

 

 

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1991年、難しいレースを制し、再び栄冠に輝く

 

1991年の8耐は、ホンダにとって勝利への情熱が最高潮に達していたレースであった。

4年前の1987年にヤマハYZF750が優勝し、翌1988年も連覇する。
1989年はホンダRVF750が優勝して、ヤマハYZF750の3連覇を阻止するが、1990年は三たびヤマハYZF750が優勝した。

ホンダにとって1991年の8耐は、どうしても負けられない一戦となった。

ホンダはナンバーワン・チームとして、再びワイン・ガードナー/マイケル・ドゥーハンのワールドグランプリ・ライダーコンビを投入する。
マシンは熟成してきたRVF750であった。

予選でガードナー/ドゥーハン組はポールポジションを獲得してみせるばかりか、RVF750は予選トップ3まで独占する速さをみせた。

しかし7月28日の決勝レース・スタートは、台風9号の影響で前夜から降りだした雨はやんでいたが、完全なウェットコンデションであった。
この雨は8時間のレース中に何度か降り出し、ある時は西コースは雨で、東コースは晴れているといった、複雑な天気模様となった。

こういうレースは、慎重に走り続けなければならないライダーの神経をすり減らすものだ。
ウェットコンデションに耐えるだけでなく、攻め続けなければレースには勝てない。
その難しいレースを見事に制覇してみせた。

この優勝は同時にホンダRVF750の信頼性、耐久性の勝利でもあった。

 

 

 

 

 

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1991年式RVF750

 

 

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(展示された時期によって詳細が異なっている。)

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1990年式RVF750

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1991年式RVF750

 

 

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1991年7月28日 鈴鹿サーキット 決勝レース終了直後

優勝マシンを汗だくで押しているところに無邪気に群がるファン。
彼らの為に一瞬マシンを止め、流れ落ちる汗をぬぐった。

HONDA 鈴鹿8耐 ロードレーサーの鼓動”グランプリマシンより熱い、RVF750

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2010年6月21日 (月)

2007 GSX-R1000 #34 加賀山就臣/秋吉耕佑 ヨシムラスズキ with JOMO

”ホンダが本気で勝ちに来る8耐だからこそ、ヨシムラも燃える”

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ヨシムラ SUZUKI GSX-R1000(K7)鈴鹿8耐JSBクラス仕様
全日本ロードレース選手権の最高峰クラスであるJSB1000 クラスに参戦しているマシンをベースに、セルスターター、バッテリー、灯火類等、鈴鹿8時間耐久レースのレギュレーションにあわせてモディファイ。

エンジン            ポーティング加工、面研処理 カムシャフト ヨシムラスペシャル
エキゾーストシステム   Tri-Ovalレーシングスペシャル
馬   力           195ps以上
ミッション            キットクロスミッション
サスペンション        フロント・リア SHOWA製
ブレーキ            キャリパー bremboラジアルフィックス4potキャリパー
タ イ ヤ            BRIDGESTONE
ホイール            フロント・リア MAGTANマグネシウム鍛造16.5インチ
カウリング           クレーバーウルフ製
カウルカラーリング     YFデザイン製
重   量           173kg以上

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1987年にはじまった鈴鹿8時間耐久ロードレース。
第1回大会でプライベーターでありながら強豪ワークス勢を破って優勝を果たし、8耐の歴史に初優勝チームとして名を刻んだヨシムラ。
第3回大会にも2度目の優勝を果たして以来、優勝がなかった。
2007年、鈴鹿8耐は30回目の記念大会を迎えた。
27年間の悲願を果たす為、ヨシムラは万全の態勢で臨んでいた。

第1チームはゼッケン12
ヨシムラの顔、渡辺篤とこれからのヨシムラを背負うであろう、酒井大作を組ませた。
第3ライダーには走りはもちろん、マシン開発にも定評ある青木宣篤が登録された。

第2チームはゼッケン34
世界の加賀山就臣にあまりの速さに”宇宙人”と称される秋吉耕佑を組ませた。

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予選はHRCのマシンが上位を占めていた。
ヨシムラゼッケン34番は3グリッド。

34番スタートライダー、加賀山は最初の1時間が勝負だと思っていた。
加賀山、絶妙のスタートを見せ、狙いどうりのホールショットを決める。

加賀山はホンダワークスが背後から襲ってくるのはわかっていた。
接触ギリギリ、ふてぶてしいくらいのブロックラインでHRCのエース、ゼッケン11清成龍一をブロックし続ける。

周回遅れが出始める頃、加賀山は猛然とそのペースをあげる。
周回遅れがトップの加賀山にラインを譲る、そして正ラインに戻ろうとすると2位を走る清成のラインをブロックしてしまう。

加賀山の読みはアタリ、HRCとのタイム差を徐々に広げてゆく。

加賀山は信じていた。
マージンを広げて秋吉にマシンを渡す事が出来れば勝つ事が出来ると。。

ペアライダーの秋吉は共にスズキワークスで長く下積みを経験した仲・・
”アイツなら絶対やってくれる。アイツとなら勝てる。”

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YOU TUBE”2007 鈴鹿8耐 ダイジェスト1”

YOU TUBE”2007 鈴鹿8耐 ダイジェスト2”

YOU TUBE”2007 鈴鹿8耐 ダイジェスト3”

YOU TUBE”2007 鈴鹿8耐 ダイジェスト4”

YOU TUBE”2007 鈴鹿8耐 ダイジェスト5”

JOMO”2007年ヨシムラスズキ with JOMO 鈴鹿8時間耐久 スペシャルサイト”

コカ・コーラ ゼロ”鈴鹿8時間耐久 決勝後インタビュー

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ヨシムラジャパン

ウィキペディア フリー百科事典”ヨシムラジャパン”

ウィキペディア フリー百科事典”加賀山就臣”

ウィキペディア フリー百科事典”秋吉耕佑”

All About”ヨシムラが27年ぶりの鈴鹿8耐優勝! ”

ブリジストン”鈴鹿8時間耐久ロードレース 観戦レポート-2”

2007 鈴鹿8耐 場内ラジオ録音ファイル&動画

"2007 GSX-R1000 加賀山/秋吉 ヨシムラスズキ with JOMO" もっと大きな画像が見たい方はコチラ

Motorcycle racers

2010年6月20日 (日)

”HONDA” 鈴鹿8耐への挑戦

ホンダ耐久レーサーの進化を画像で追ってみました。

1983_rs850r 1983年 RS850R #3 F.マーケル/J.ベトゥンコート

1985_rvf750_21985年 RVF750 #1 G.コードレイ/P.イゴア

1991_rvf7501991年 RVF750 #11 W.ガードナー/M.ドゥーハン

1992_rvf750 1992 RVF750 ワイン・ガードナー/ダリル・ビーティー

1993_rvf750 1993年 RVF750 #7 E,ローソン/辻本聡

1994_rvf_rc451994年 RVF/RC45 #11 D.ポーレン/A.スライト

1995_rvf_rc451995年 RVF/RC45 #11 A.スライト/岡田忠之

1997_rvf_rc451997年 RVF/RC45 #33 伊藤真一/宇川徹

1998_rvf_rc45_600x4811998年 RVF/RC45 #33 伊藤真一/宇川徹

1999_rvf_rc45_600x4001999年 RVF/RC45 #4 岡田忠之/A.バロス

2000_vtr1000spw2000年 VTR1000SPW #4 宇川徹/加藤大治郎

2001_vtr1000spw_600x4832001年 VTR1000SPW #11 バレンティーノ・ロッシ/コーリン・エドワーズ/鎌田学

2002_11_vtr1000spw_600x4482002年 VTR1000SPW #11 コーリン・エドワーズ/加藤大治郎

2003_vtr1000spw_600x448 2003年 VTR1000SPW #7 宇川徹/井筒仁康

2005_cbr1000rrw_600x4312005年 CBR1000RRW #7 宇川徹/清成龍一

2007_cbr1000rrw2007年 CBR1000RRW #33 岡田忠之/カルロス・チェカ

2008_cbr1000rrw_600x4082008年 CBR1000RRW #11 清成龍一/カルロス・チェカ

 

 

 

 

 

 

 

 

SUZUKA 8HOURS ENDURANCE ROAD RACE

 

2013年 鈴鹿8時間耐久ロードレース 画像集

 

”鈴鹿8耐への挑戦” HONDA耐久レーサーの進化を画像で追ってみました

 

 

 

 

 

 

2012 HONDA CBR1000RR J Rea/Kousuke K.Akiyoshi/T Okada ジョナサン・レイ/秋吉耕佑/岡田忠之

2011 HONDA CBR1000RR K.Akiyoshi / R.Kiyonari / S.Itoh  秋吉耕佑 / 清成龍一 / 伊藤真一

2010 HONDA CBR1000RR R.Kiyonari / T.Nakagami / T.takahashi  清成龍一 / 中上貴昌 / 高橋巧

2010 KAWASAKI ZX-10R T.Serizawa/Y.Konno/S.Takeishi  武石伸也 / 芹沢太麻樹 / 今野由寛

2009 SUZUKI GSX-R1000 D.Sakai / K.Tokudome / N.aoki  酒井大作 / 徳留和樹 / 青木宣篤

2008 HONDA CBR1000RRW Ryuichi Kiyonari / Carlos Checa  清成龍一 / カルロス・チェカ

2007 SUZUKI GSX-R1000 Yukio Kagayama / Kousuke Akiyoshi  加賀山就臣 / 秋吉耕佑

2006 HONDA CBR1000RR Takeshi Tsujimura / Shinichi Itoh  辻村猛 / 伊藤真一

2005 HONDA CBR1000RRW Tohru Ukawa / Ryuichi Kiyonari  宇川徹 / 清成龍一

2004 HONDA CBR1000RRW Tohru Ukawa / Hitoyasu Izutsu 宇川徹 / 井筒仁康

1993 HONDA RVF750 Eddie Lawson / Satoshi Tsujimoto  エディ・ローソン / 辻本聡

1992 HONDA RVF750 Wayne Gardner / Daryl Beattie  ワイン・ガードナー / ダリル・ビーティー

1991 HONDA RVF750 Wayne Gardner / Mick Doohan  ワイン・ガードナー / ミック・ドゥーハン

1990 HONDA RVF750 Wayne Gardner / Mick Doohan  ワイン・ガードナー / ミック・ドゥーハン

1990 YAMAHA YZF750 (OWB7) Tadahiko Taira / Eddie Lawson  平忠彦 / エディー・ローソン

1987 YAMAHA YZF750 (OW89) Kevin Magee / Martin Wimmer  ケビン・マギー / マーチン・ウイマー

1985 YAMAHA FZR750 (OW74) Kenny Roberts / Tadahiko Taira   ケニー・ロバーツ / 平忠彦

 

 

SUZUKA 8HOURS ENDURANCE ROAD RACE

2011 HONDA CBR1000RR K.Akiyoshi / R.Kiyonari / S.Itoh

2010 HONDA CBR1000RR R.Kiyonari / T.Nakagami / T.takahashi

2009 SUZUKI GSX-R1000 D.Sakai / K.Tokudome / N.aoki

2008 HONDA CBR1000RRW Ryuichi Kiyonari / Carlos Checa

2007 SUZUKI GSX-R1000 Yukio Kagayama / Kousuke Akiyoshi

2006 HONDA CBR1000RR Takeshi Tsujimura / Shinichi Itoh

2005 HONDA CBR1000RRW Tohru Ukawa / Ryuichi Kiyonari

1993 HONDA RVF750 Eddie Lawson / Satoshi Tsujimoto

1992 HONDA RVF750 Wayne Gardner / Daryl Beattie

1991 HONDA RVF750 Wayne Gardner / Mick Doohan

1990 YAMAHA YZF750 (OWB7) Tadahiko Taira / Eddie Lawson

1987 YAMAHA YZF750 (OW89) Kevin Magee / Martin Wimmer

1985 YAMAHA FZR750 (OW74) Kenny Roberts / Tadahiko Taira

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↓モーターサイクルレーサーの画像、まとめてみました。

Motorcycle racers

2010年6月18日 (金)

2006 CBR1000RR F.C.C.TSR ZIP-FM Racing 辻村猛/伊藤真一

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”優勝するなら今年しかない”

HONDA、YAMAHA・・ワークスチームが改造規制の厳しいJSB規定で鈴鹿8耐参戦してきた。
”打倒ワークス”TSRはこの年改造規制の緩いXX-Fクラスで参戦。

エンジン性能は互角、車体が軽い分、TSRは優位と言われた。
しかし現実は、これでもやっとワークスと互角だった。

モトGPでメキメキ頭角を表わしていたブリジストン、タイヤ開発をしていた伊藤とは深い関係にあった。
”伊藤の希望するタイヤを創ろう。”
ブリジストンはこの年の8耐に照準をあわせて”勝てる”タイヤを用意していた。

伊藤真一は今年の8耐で勝てなければ、これ以上やり続ける意味がないと思った。

辻村猛は前哨戦の鈴鹿300キロの敗北でレースをやめようと思った。
しかし、思いとどまった。
”応援してくれる人に恩返しがしたい。”
特にいつも助け船をだしてくれる伊藤に”借り”を返したかった。

”勝って当然”
そんなプレッシャーの中で”F.C.C.TSR ZIP-FM ”レーシングの8耐ウィークは始まった。

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YOU TUBE”2006年鈴鹿8耐・1”

YOU TUBE”2006年鈴鹿8耐・2”

YOU TUBE”2006年鈴鹿8耐・3”

YOU TUBE”2006年鈴鹿8耐・4”

YOU TUBE”2006年鈴鹿8耐・5”

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エンジン 水冷4ストローク 直列4気筒     DOHC 4バルブ  998cm3

最高出力 185PS以上

重量   168kg

国内2輪メーカーが改造規制の厳しいJSB1000クラスで参戦する中、改造範囲の広いXX-Formula Division1で参戦した辻村猛/伊藤真一組が、終始安定した走りをみせポールトゥーウィンを飾った。

HONDAは鈴鹿8耐10連覇を達成。

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トーチュウ”2006鈴鹿8耐 直前レースプレビュー”

HONDA”2006年鈴鹿8耐 予選”

HONDA”2006年鈴鹿8耐 決勝”

Intellimark”2006年鈴鹿8耐 決勝グリッド”

Intellimark”2006年鈴鹿8耐 決勝”

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バナー”2006 8耐 優勝CBR”

「鈴鹿8耐2006」ミニカー

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”2006 CBR1000RR F.C.C.TSR ZIP-FM Racing 辻村猛/伊藤真一”大きい画像が見たい方はコチラ

 

 

 

 

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80年代以降のモーターサイクルレーサーの画像を中心に集めてみました。

 

8901 (150x114) 1992 (150x113) 8834 (150x110) zx_rr (150x110)

"Motorcycle racers Photograph album"

 

 

 

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2010年6月16日 (水)

1997 NSR250 加藤大治郎

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1997年全日本ロードレース選手権250CCクラスチャンピオン

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全長/全幅/全高  1930×590×1050
乾燥重量        100kg
エンジン形式    水冷2ストローク・ケースリードバルブV型2気筒
総排気量        249cc
最高出力        over 95PS / 13,000rpm
最大トルク      over 5.5kgm / 12,500rpm
変速機          常時噛合式6段リターン
サスペンション (前) テレスコピック(倒立)
サスペンション (後) プロリンク式プロアーム

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YOU TUBE”さらば、daijiro kato 後編 ”

YOU TUBE”Daijiro Kato (1976 - 2003)"

YOU TUBE”Daijiro Kato Tribute "

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"1997 NSR250 加藤大治郎"もっと大きな画像が見たい方はコチラ

 

 

 

 

 

 

 

 

WGP 2st 250cc LINk

 

HONDA

2009 HONDA RS250RW #4 青山博一Hiroshi Aoyama

2007 HONDA RS250RW #55 高橋裕紀 Yuki Takahashi

2001 HONDA NSR250 #74 加藤大治郎 Daijiro Kato

1999 HONDA NSR250 #4 宇川徹 Tohru Ukawa

1997 HONDA NSR250 #2 加藤大治郎 Daijiro Kato

1996 HONDA NSR250 #3 ラルフ・ウォルドマンRalf Waldmann

1993 HONDA NSR250 #18 岡田忠之 Tadayuki Okada

1992 HONDA NSR250 #1 ルカ・カダローラ Luca Cadalora

1991 HONDA NSR250 #3 ルカ・カダローラ Luca Cadalora

1985 HONDA RS250RW #19 フレディー・スペンサー Freddie Spencser

 

 

 

 

YAMAHA

2000 YAMAHA YZR250(0WL5) 中野真矢 Shinya Nakano

1993 YAMAHA TZ250M(OWF3) 原田哲也 Tetsuya Harada

1990 YAMAHA YZR250(OWB9) ジョン・コシンスキー John Kocinski

1986 YAMAHA YZR250 (OW82) 平忠彦 Tadahiko Taira

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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80年代以降のモーターサイクルレーサーの画像を年代ごとに並べてみました。

 

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"Motorcycle racers" Photograph album

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2010年6月14日 (月)

2000 YZR250(0WL5) #56 中野真矢

中野真矢がチームメイトのオリビエ・ジャックとタイトルを争った世界GPファクトリーマシン。
1996年モデルから進化し続けるV型・2気筒エンジンは、さらに吸排気効率アップ、ロス馬力低減、マネジメントシステム熟成などで最高出力特性・過渡特性を向上。車体や足まわりでは、サスペンション熟成による前後バランスの最適化、ブレーキシステム熟成、カウリング形状変更、軽量化をはかり、ハンドリング性能を向上させた。

Engine: 2-stroke, V2-cylinder, 249cm3
Max. output: over 66.2kW(90PS)
Aluminum Deltabox frame

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2000年ワールドグランプリ250CCクラス最終戦。
中野真矢はチームメイトのオリビエ・ジャックと争っていた。
勝った方がチャンピオンという状況、勝負は最終ラップの最終コーナー立ち上がりまでもちこまれた。
前を走る中野は後ろから迫るジャックに対し、ブロックラインを走る事をあえてしなかった。
ゴールラインわずか数メートル、ジャックが前に出て優勝。
中野は0.014秒差でランキング2位を獲得する。

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中野真矢オフィシャルサイト

”ウィキペディアフリー百科事典”中野真矢

もっと大きな画像が見たい方はコチラ→2000 YZR250(0WL5) 中野真矢

 

 

 

 

 

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80年代以降のモーターサイクルレーサーの画像を中心に集めてみました。

8901 (150x114) 1992 (150x113) 8834 (150x110) zx_rr (150x110)

"Motorcycle racers Photograph album"

 

 

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RC211VからRC212V、RC213Vの進化を画像で見る事が出来ます。

Evolution of the ”RC211V~RC212V~RC213V”

 

   2輪モーターサイクル世界最高峰のレースであるワールドグランプリ、通称"WGP"の車両規定が、環境問題や商業上理由により”2ストローク500cc以下”より”4ストローク990cc以下”と改定、2002年より"MotoGP"クラスと名称変更され施行される事となった。

Honda内部では990cc・4ストローク化を迎えるにあたり、次世代レーサーの開発に向けてプロジェクトチームを発足させた。
コンセプトは自らが開発した2ストロークレーサー”NSR500”の一歩先をいくマシンを創りあげる事。
そして”Honda”らしさを実現する事。
つまりHondaらしい”独創的なマシン”を実現する為に従来マシンのベースを良しとせず、ゼロから挑戦する道を選択した。

マシンの戦闘力を左右するエンジンには、1959年マン島T.Tレース参戦から脈々と受け継がれる”高回転・高出力”を実現出来るエンジン、Hondaが最も得意とするV型エンジンが選択された。
新世代・世界グランプリマシンには鈴鹿8時間耐久ロードレースで実績十分のRVF750のノウハウが生かされる事となった。

Honda次世代レーサープロジェクトチーム内部ではV型2気筒~6気筒、直列4気筒など様々なエンジンレイアウトが検討された。
その後、出力と重量バランスを考え、3~5気筒に絞り込み、”今までにないモノを”というHondaの独創性がV型5気筒エンジンを誕生させた。

 

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しかし、ゼロからスタートした開発を憂う声もあった。
エンジンもフレームも全てが新設計、参考になるデータは皆無だ。
「限られた開発期間でマシンを完成出来るのか?」
夢に向かって邁進する技術者達の情熱は、周囲の雑音をかきかき消しながら前進を続ける。
思うような結果が出ない時期もあったが、マシンは一歩一歩着実に成長した。

前3気筒、後ろ2気筒のレイアウト、多気筒にする事で高回転・高出力を生み出し、エンジンパワーは試作機の段階で既に200PS以上を絞り出し、最終型NSR500のピークパワーを越えていた。
シリンダー狭角は75.5度とし、爆発による1次慣性力の振動を相殺。
これによりバランサーシャフトが不要となりエンジンのコンパクト化に成功。
高出力と同時に、構成部品としてのハンドリングへの影響を突き詰め、600cc並みのコンパクトなサイズに仕上げられたV型5気筒エンジン。

リアサスペンションには新機構のユニットプロリンクを採用。
フレームと直接リンクしない独自の構造で、車体に微妙な”しなり”を生みだした。
加速時の挙動を吸収し、高い旋回性能を発揮した。
ライダーにフィットさせる為、自在に操れる軽快さを追求した車体構成。

ロードレース史上、前例のないエンジン形態を持つその独創的なマシンのプロトタイプが完成した。

ついに新世代”MotoGP”マシンがテストでサーキットを走った。
テストに参加した宇川徹、走行後の彼の表情は明るかった。
その表情はRC211が最速HONDA NSR500を凌駕するポテンシャルにたどり着いた事を如実に表していた。

 

 

"RC"のはHondaの4ストロークGPマシンを意味し、”211”は21世紀における1番目の車両であり、末尾の”V”には5を示すギリシャ文字、V型エンジンとVictorryの頭文字という意味が込められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2001

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2011 HONDA RC211V プロト( もてぎコレクションホール期間限定企画展”裸身”他より )

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2002年から始まるロードレース世界選手権の最高峰クラス”MotoGP”参戦に向けて開発が進められたプロトタイプマシン。
独創的な発想でのマシン作りを目指し、前例のないV型5気筒エンジンを採用。
多気筒にする事で高回転・高出力を生み出し、耐久レーサーRVFで培ったコンパクトで力強いV型エンジンのノウハウを融合、最速を誇っていた2サイクル500ccマシンに対抗した。

エンジンパワーは試作機の段階で既に200PS以上を絞り出し、最終型NSR500のピークパワーを越えていた。
その圧倒的なパワーをロスなく路面に伝え、更に操案性の向上を狙ってリアサスペンションにはユニットプロリンクが装着された。
フレームと直接リンクしない独自の構造で、車体に微妙な”しなり”を生みだした。
加速時の挙動を吸収し、高い旋回性能を発揮した。

エンジン 水冷4ストローク75.5V型
            5気筒DOHC4バルブ
排気量  990cc
最大出力 OVER 200PS
乾燥重量 145kg
サスペンション(前)テレスコピック 

 

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2001年 RC211Vエンジン

HONDAは新カテゴリーのMotoGPクラスデビューに向け、前例のないV型5気筒エンジンを採用した。

75.5度のバイク角を挟み、前側に3気筒、後側に2気筒を配置、部品点数が多く軽量化が命題の4ストロークエンジンにおいて一次振動を軽減し、バランサーを廃する事でエンジン単体の軽量化を実現した。

 

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その後、2007年のレギュレーション変更まで最高出力は240PSオーバーに到達。
5年間で通算48勝を達成した。
2003年から3年間、日本を代表するコンストラクター「モリワキ」に、2006年には「チームロバーツ」にもエンジン供給され、MotoGP参戦のサポートを行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2002

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2002 HONDA RC211V #46 バレンティーノ・ロッシ Valentino Rossi

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Honda debuted this 4-stroke V-5 machinein the premier MotoGP class of the Road Racing World Championship Series in 2002.
Winning 14 out of 16 races,Honda took both manu-factures' and rider's Championships two years in a row.

2002年より世界選手権ロードで始まったMotoGPクラスでHondaは4ストロークV型5気筒エンジンのニューマシンで参戦。
Hondaは16戦14勝をあげ、2年連続マニュファクチャラーズ、ライダーズチャンピオンの両タイトルを獲得。

高出力でありながらライダーに優しく、高い完成度を持ったRC211Vは2002年、デビューするや否やNSR500時代の圧倒的な強さを彷彿させる活躍を実現。
エースライダーの バレンティーノ・ロッシが11勝、アレッシャンドレ・バロス2勝、宇川徹1勝で、全16戦中14勝をマーク。
また、ニューマシンによるデビューシーズンチャンピオン獲得はHonda初の快挙となった。

 

エンジン:水冷4ストローク V型5気筒  DOHC4バルブ 
排気量:990cc
トランスミッション:6段変速
最高出力:149.1kW(200PS)以上
乾燥重量:145kg以上

   

 

 

 

2002 HONDA RC211V #11 宇川徹 Tohru Ukawa

(2010.06 鎌田学さんお別れの会より)

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2002年 第2戦南アフリカグランプリ 宇川徹選手 優勝

HONDA"宇川がロッシとのし烈な戦いを制し初優勝!"

 

 

 

2002 HONDA RC211V #72 伊藤真一 Shinichi Ito

2002 HONDA RC211V #72 伊藤真一 Shinichi Ito

2002年 鈴鹿に伊藤真一選手、ゼッケンナンバー72真っ赤なRC211Vでワイルドカード参戦。

(実車とは詳細が異なる。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2003

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003 HONDA RC211V #46 バレンティーノ・ロッシ Valentino Rossi

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Honda participated in 2003 MotoGP class,entering7 machines from 4 teams.
Winning 15 out of 16 races, Honda took both manu-factures' and rider's Championships for it's consecutive year.

エンジンの吸排気の制御システムや、スリッパークラッチの採用で4ストロークエンジンの強烈なエンジンブレーキを抑制。

バックトルクを軽減させるこれらの工夫に加えてサスペンションのジオメトリーも変更され、ライダーが意図しない不要な挙動変化、リヤのホッピング等が徹底的に排除された。

4ストロークエンジンならではのネガティブな要素を排除することで、ライダーにとっての扱いやすさをさらに熟成、これにより、コーナーの入り口でリヤが流れる様子もこの年よりあまり見られなくなった。

またこの年よりマフラーはメガホンタイプを採用し、その本数も2本から中盤戦から3本へと変更、よりいっそうのパワーアップを実現。

2003年のHondaは4チーム7台でMotoGPクラスに参戦。前年を上回る16戦15勝をあげ、2年連続マニュファクチャラーズ、ライダーズチャンピオンの両タイトルを獲得した。

エンジン:水冷4ストローク V型5気筒  DOHC4バルブ
排気量:990cc
最高出力:200PS以上
乾燥重量:145kg

 

 

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2003年、ロッシが最後にライディングしたRC211V バレンシアGPスペシャルカラー

Hondaと共に3年連続で最高峰クラス王者に輝いたバレンティーノ・ロッシは
最終戦バレンシアGPで翌2004年からヤマハへの電撃移籍を発表した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2004

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2004 HONDA RC211V #69 ニッキー・ヘイデン Nicky Hayden

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2004年、HONDAはMotoGPクラスで16戦7勝しマニュファクチャラーズチャンピオンを4年連続で獲得。
シーズン途中から採用された4本マフラー仕様のマシン。
4本出しマフラーは、エンジンのトルク特性を見直し、テストした結果、決定された5-4レイアウトで、従来型よりフラットな特性を得ている。

前年ルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞したニッキー・ヘイデンは第7戦、第8戦で3位の活躍を見せ、ランキング8位に入った。

全長:2050mm
全幅:600mm
全高:1130mm
最低地上高:125mm
車両重量:148kg以上
エンジン形式:水冷4ストローク DOHC4バルブ V型5気筒
排気量:990cc
最高出力:240馬力以上

ツインチューブフレーム
ユニットプロリンクリアサスペンション

   

 

 

 

2004 HONDA RC211V #15 セテ・ジベルノー Sete Gibernau

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有り余るほどの大パワーを確実に路面に伝え、更に転倒のリスクを低減させる為のテクノロジーが随所に盛り込まれた意欲的なマシン。
リアサスペンションはアッパーリンク式のユニットプロリンクに変更してトランクションが得られやすくなった。

新規採用されたHITCS(ホンダ・インテリジェント・スロットル・コントロール・システム)は前後輪の回転域を検知してアクセル開度を自動的に調整。
不要なホィールスピンやウィリーを制御することでコーナー立ち上がりで効率的な加速を実現した。

また、減速時にはアクセルを自動的に開けてエンジンブレーキによる前後のホッピングを回避。
高い旋回速度を保ったまま安定したコーナリングが可能となった。

 

 

 

 

2004 HONDA RC211V #6 玉田誠 Makoto Tamada

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Tamada clinched his first ever victory in round 7 and took his second win in round 12.

 

玉田誠選手は第7戦ブラジルGPで自身の初優勝とブリヂストンタイヤのMotoGP初優勝を達成。
更に第12戦日本GPでシーズン2勝目を飾った。

ラップタイムのさらなる短縮を目指して向上した有り余るパワーを確実に路面に伝え、更に転倒のリスクを低減する為のテクノロジーが随所に盛り込まれた意欲的マシン。

リヤサスペンションのユニットプロリンクを2003年型のボトムリンク式からアッパーリンク式に変更。
これによりトラクションが得られやすくなり、加速時の挙動を安定させた。

この年から新規採用された"HITCS(ホンダ・インテリジェント・スロットル・コントロール・システム)"は、前後輪の回転差を検知してスロットル開度を自動的に調整し、不要なホイールスピンやウイリーを抑制する電子制御スロットルである。
これによりコーナー立ち上がりでは効率的な加速を実現。
減速時にはアクセルを自動で開くことでエンジンをスムーズに回し、エンジンブレーキによるホッピングを抑制、つまり減速時にライダーがスロットルを全閉にしても実際は戻りきらないように制御してエンジンブレーキを軽減させた。

最高速を出すために安定しつつ確実な減速、高い旋回速度を保ったまま安定したコーナリング、加速時にタイヤを路面に押し付け、不要なホイールスピンやウイリーを抑制し車体を安定させる。
そのためのユニットプロリンクの構造変更であり、HITCSの新規装備であった。

ライダーズタイトルは逃したものの、ジベルナウ選手4勝、ビアッジ選手1勝、玉田選手2勝による計7勝を挙げ、コンストラクターズタイトルを獲得した。

エンジン:水冷4ストローク V型5気筒  DOHC4バルブ
排気量:990cc
最高出力:240PS以上
重量:148kg以上
全長 2050mm 
全幅 600mm
ホイールベース 1440mm
タイヤ(フロント) 17インチ
タイヤ(リヤ) 16.5インチ
燃料タンク容量 24リットル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2005

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2005 HONDA RC211V #69 ニッキー・ヘイデン Nicky Hayden(2005 東京モーターショー)他より

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Hondaは現状に甘んずる事なく、更なるポテンシャルアップを目指し、この年からエンジンやフレームにも大幅な変更が計画された。
テストではフレームやエンジンの仕様が異なる数パターンのRC211Vが試作された。
レギュレーション変更で燃料タンクの容量が24リットルから22リットルに縮小、Hondaはエンジン細部の見直しで燃費を改善させた。
フレームやサスペンション、タイヤを含めたジオメトリーや剛性バランスの向上を図り、様々な変更が施されたモデル。
これによりコーナーの入り口におけるシャープなハンドリングと、コーナリングスピードの向上を実現、旋回性能をアップさせた。
前年より採用された”HITCS”は熟成が進み、アクセルの応答性はライダーの意思により忠実で自然なものとなった。

2005年マニュファクチャラーズ・ランキング2位
23歳マルコ・メランドリが第16戦トルコGPで初優勝を飾り、続く最終戦でも優勝とシーズン終盤に2連勝を果たした。
24歳ニッキー・ヘイデンも11年ぶりに開催された地元アメリカGPでの初優勝を果たす。
17戦中4勝、連続マニュファクチャラーズ・タイトルは残念ながら逃したものの若手の飛躍が目立った年だった。

エンジン 水冷4ストローク V型5気筒  DOHC4バルブ
排気量 990cc
最高出力 240PS以上
重量 148kg以上
全長 2050mm 
全幅 600mm
ホイールベース 1440mm
タイヤ(フロント) 17インチ
タイヤ(リヤ) 16.5インチ
燃料タンク容量 22リットル 

 

 

 

2005 HONDA RC211V #33 マルコ・メランドリ Marco Melandri

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2005 HONDA RC211V #3 マックス・ビアッジ Max Biaggi(2005 東京モーターショーより)

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ビアッジは2005年、ワークスのレプソル・ホンダに移籍するもシーズン未勝利となった。
翌年のワークスシートを、2年連続250ccクラスチャンピオンを獲得したルーキーのダニ・ペドロサに奪われてしまう。
皇帝ビアッジがMotoGPマシンで戦ったのはこの年が最後となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2006

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006 HONDA RC211V #69 ニッキー・ヘイデン Nicky Hayden

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990ccで争われるMotoGPの最終のシーズンである2006年。
Hondaは「Original」と「New Generation」という二種類のRC211Vを用意した。

2005年モデルからの発展型である「Original」。
「New Generation」は翌年のレギュレーション変更(排気量800cc)を見据えて先行開発の意味合いが強いモデルであった。

「New Generation」はエンジン出力の向上、軽量化を図りつつも、来る800cc時代を見据えてコンパクト化がなされている。
それに伴い、ホイールベースを変更することなくスイングアームピボットの位置を前方へ移動させ、リヤサスペンションのセッティングに幅を持たせることが可能になった。
エンジンが小さくなれば、ホイールベースを変えることなくハンドリングの向上のために、スイングアームを伸ばすことが出来る。
それが、「New Generation」の大きなコンセプトだった。

サイド面積の小さくなったフェアリングはヨー方向への特性を改善し、ハンドリングの向上に寄与している。
電子制御スロットルである「HITCS」は「HITCS Ⅱ」へと進化し、前3気筒はライダーの意思をダイレクトに伝えるワイヤー式へと変更。
後ろ2気筒のスロットルは電子制御するタイプに変更、つまり前3気筒はライダーの操作に対してダイレトに反応、後ろ3気筒はライダーのスロットルワークを補助すべくパワーを絞ったり出したり出来るようになった。
これによりアクセル開け始め、全開時のコントロールを緻密に行えるようになった。

2006年の第11戦までにエンジンは4段階、車体は5段階まで開発が進められ、軽量・コンパクト化を推進しながらも、減速から旋回、そして加速に至る全ての領域での車体安定性とトラクション性能の向上が図られた。

ニッキー・ヘイデン選手は、この「New Generation」でシーズンを闘う事を選択、そしてこの2006RC211V「New Generation」で見事、自身初のチャンピオンに輝いた。
HondaはRC211Vによる最後のシーズンでライダー・コンストラクター・チームのトリプルタイトルを獲得した。

 

HONDA"TaLK about RC211V"

RIDERS CLUB"HONDA GRAND PRIX MACHINE ARCHIVES [1979-2010]"

YK-image"Machine Gallery 2006 HONDA"

HONDA"Evolution of the RC211V "

HONDA"MotoGP History 2006RC211V"

 

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全長 2050mm 
全幅 645mm
全高 1130mm
ホイールベース 1440mm
最低地上高 130mm
乾燥重量 148kg以上
エンジン種類 水冷4ストローク V型5気筒 DOHC4バルブ
排気量 990cc
最高出力 240PS以上
フレーム形式 ツインチューブ
タイヤ(フロント) 16.5インチ
タイヤ(リヤ) 16.5インチ 
サスペンション(フロント) テレスコピック式
サスペンション(リヤ) ニューユニットプロリンク
燃料タンク容量 22リットル

RC211Vは2007年のレギュレーション変更まで最高出力は240PSオーバーに到達。
5年間で通算48勝を達成した。

MotoGP創世記、開発のターゲットとしたNSR500を超える活躍を見せた。

 

 

 

2006 HONDA RC211V #26 ダニ・ペドロサ Dani Pedrosa

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Hondaが”勝つ”為に用意したニッキー・ヘイデンの専用車「New Generation」、基本のコンセプトやレイアウトは変わらないから、名称は同じ”RC211V”を使用したが、エンジンまで新設計された全くの別物であった。

もう1種類は2005年モデルからの発展型である「Original」。
「Original」はダニ・ペドロサをはじめとする他のホンダライダーに供給された。
V5エンジンはフリクションの低減を図るなど、作動性の向上を中心としたリファインが進められ、減速時の性能向上やトラクション性能の向上を果たしている。
ファクトリーチームのレプソル・ホンダに所属するダニ・ペドロサだけ専用のポジションパーツや仕様違いのフレームを使っているが、基本的な仕様はサテライトチームと共通。

発展型である「Original」も戦闘力は高かった。
ダニ・ペドロサ2勝、マルコ・メランドリ3勝、トニ・エリアスが1勝
この数字が「Original」の戦闘力の高さを証明している。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2007

2002年に開始されたMotoGPクラスの最大排気量は990ccだったが、最高速度の急激な上昇を抑えるといった安全上の理由などによりレギュレーション変更、2007年に800ccへと引き下げられた。
ホンダはRC211Vの後継車種として、FIMレギュレーション変更による排気量削減と、気筒数による最低重量の変更によりV型4気筒を採用、800cc 水冷4サイクルDOHC4バルブV型4気筒、RC212Vを開発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2007 RC212V ニッキー・ヘイデン (2007年東京モーターショーより)2007_rc212v_680x510_2

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2007年よりロードレース世界選手権”MotoGP”レギュレーションの大幅な変更が行われた。
最高速度の急激な上昇を抑えるといった安全上の理由によりエンジンの最大排気量が990ccから800ccへと引き下げられた。
同時にエンジンの気筒数によって最低重量が定められ、2気筒135kg以上、3気筒142.5kg、4気筒150kg、5気筒157.5kg、6気筒以上は165kgの車両重量が必要とされた。

Hondaは最大排気量の変更、エンジン気筒数による最低重量制限の違いという新レギュレーションに対し、“RC212V”、つまり21世紀における2代目グランプリマシンを新開発した。
新型RC212VはそれまでのRC211VのV5エンジンとは異なるV4エンジンが選択された。

V4エンジンが選択された第1の理由はV5エンジン使用マシンでは155.5kg、V4エンジン使用マシンでは148kgという、エンジン気筒数による最低重量制限の違いにあった。
高回転・高出力化に有利なV5エンジンを使用しても、この7.5kgの重量差を解消することは困難、と判断されたのである。

第2の理由はHonda内部で次世代グランプリマシンを開発するのあたり”高次元のハンドリングとマシンのコントロール性の追求”がコンセプトとして挙げられた。
これを実現するために、排気量が縮小されたパワーユニットにはレイアウト効率のよいV4を採用、単にトップパワーのみを追求するのではなく、ラップタイムの向上に重要な出力特性にこだわり、低・中回転域での扱いやすさと高回転域での全開加速における出力の両立を、制御系の進化を含めて実現出来ると判断された。

第3の理由はV4エンジンの信頼性の高さだった。
V4エンジン30年を超える実戦での開発実績、膨大な技術的蓄積がHondaにはあった。
RC212V開発初期段階におけるエンジン形式の比較検討で、出力・耐久性・エンジンサイズの要素において、インライン4、あるいはV3エンジンに対してV4エンジンの優位性が確認された。
特に、トップエンドの絶対的出力ではなく、高いドライバビリティや幅広いライダーに対応できる柔軟性といった、“優れたトータルパフォーマンス”の実現にはV4エンジンにメリットがあると判断された。
車体面でもRC211Vで培ったマス集中パッケージをより進化させ、クイックなハンドリング特性を目指した。

しかし、初年度のRC212Vは、ライバルメーカーのマシンに対して出力とトップスピードで劣っていることが実戦で明らかになった。
シーズン中盤までRC212Vはフロントが切れ込むような特性があり、ライダーを苦しめた。
ダニ・ペドロサのシーズン2勝、最高峰クラス参戦2年目のこの年、ダニ・ペドロサは年間ランキング2位を獲得した。

全長 2050mm
全幅 645mm
全高 1125mm
ホイールベース 1440mm
最低地上高 125mm
車両重量 148kg以上
エンジン形式 水冷 4ストローク DOHC4 V型4気筒4バルブ
総排気量 800cc
最高出力 210PS以上

フレーム形式: ツインチューブ
フロントタイヤ: 16.5インチ
リアタイヤ: 16.5インチ
フロントサスペンション: テレスコピック
リアサスペンション: ニューユニットプロリンク
燃料タンク容量: 21リットル

 

 

 

2007 HONDA RC212V #56 中野真矢 Shinya Nakano

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3年間のカワサキワークス活動時に高いマシン開発能力を世界に認めさせ、ブリヂストンタイヤの飛躍の為にも貢献した中野真矢。

2007年シーズンを迎えるにあたり、ホンダのマシンとミシュランタイヤという過去にも安定性に定評のあるパッケージ、そして日本のスポンサーがサポートするコニカミノルタ・ホンダに移籍を決意する。

マシンは800cc初年度、前年までの990ccV型5気筒マシンから一新、ホンダ新開発の800ccV型4気筒エンジン・RC212V。
中野の所属するコニカミノルタ・ホンダ・チームはサテライトチームだったが、800cc初年度のこの年、サテライトチームにもワークスと同様のスペックのマシンが供給された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2008

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2008 HONDA RC212V #2 ダニ・ペドロサ Dani Pedrosa (2009 東京モーターショー他より)2008_rc211v 

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2008年式の課題は2点、まずは減速時の安定感、2007年トップスピードが落ちた分、コーナー侵入時のブレーキングがよりハードになっていた。
もう1点は動力性能の向上、2007年ドゥカティ・デスモディチGP7が圧倒的な動力性能で他を圧倒していた。

2007年最終戦バレンシア終了後のテストでHondaはニュウマチックバルブ仕様のマシンをテスト。
Hondaはニュウマチックバルブ式、コイルスピリング式の2種類のエンジンを並行開発していた。
ニュウマチックバルブのメリットはより高い回転域を使える事であり、これはストレートでの優位性につながる。
なおかつ設計の自由度が上り、同時にフリクション低減などが考えられた。

シーズンオフのテストでペドロサが負傷、ニッキー・ヘイデンがメインとなり2008年式RC212Vのテストを行う。
この時点はまだ2007年式の進化版コイルスピリング式のエンジンがメインでテストされていた。
第6戦イタリアで岡田忠之がニュウマチックバルブ式エンジンを実戦テスト、第7戦カタルニア終了後にヘイデンがテストを行った。
そのポテンシャルが改めて確認され、第8戦イギリスGPよりニュウマチックバルブ式エンジンが実戦投入された。

第2戦スペイン、第7戦カタルニアで勝利し、シーズン中盤めでランキングトップのペドロサだったが、第10戦ドイツGP決勝、後続を突き放しトップ独走していたレースで転倒、負傷してしまう。
2戦後のチェコで復帰したペドロサ、ミシュランタイヤに問題が発生し思うような結果を得る事が出来なかった。
2007年、高沸するレース費用を抑える為にタイヤの本数制限が加えられた。
同時にレースウイーク中のタイヤ持ち込みを禁止する新レギュレーションが制定、ヨーロッパの地の利を生かしレースウィークのデータから突貫でタイヤを製作し、サーキットに持ち込むというミシュランタイヤの伝統が生かせなくなっていた。
ミシュランタイヤのパフォーマンス低下に日々不満を抱えていたペドロサはついに決断する。

第13戦サンマリノGP終了後のテストよりミシュランはホンダと合意の上でペドロサへのタイヤ供給を中断、ダニ・ペドロサはミシュランのライバルメーカーであったブリジストンタイヤを使用する事となった。
シーズン途中でタイヤメーカーを変える、これは前代未聞の出来事だった。
この時期のMotoGPはマシンに合わせてタイヤが開発されていた為、全く異なるマシンで開発されたタイヤでタイムが出るはずがなかった・・多くの関係者が首を横に振った。
しかし、ダニ・ペドロサ & Honda2008年式RC212V & ブリジストンタイヤ の新コンビネーションはそんな人々の懸念を振り払うようにテストから好タイムを連発した。

シーズン途中でタイヤをスイッチしたペドロサに対してニッキー・ヘイデンはシーズン終了までミシュランタイヤを継続使用した。

一見、2007年型と比べて大柄に見える2008年式RC212Vだが、スペック的には大きな変化はない。
しかし2007年式に比べスイングアームが伸び、そのためホィールベースが約10mm伸びている。
2007年式はマフラーの取りまわしが左右2本出しに対し、2008年式は前2気筒が右側に後ろ2気筒が後方シートカウル内に収められるタイプに変更、サイレンサーはメガホン式、ストレート排気となっている。

2008年モ.デルは斬新なスタイルの2007年モデルから空力特性からマフラーの排気特性まで、多岐に渡り見直されていた。

全長 2060mm
全幅 645mm
全高 1125mm
軸距 1450mm
最低地上高 125mm
車両重量 148kg以上
エンジン種類 水冷 4ストローク DOHC4バルブ V型4気筒
  総排気量 800cc
  最高出力 210PS以上
    最高速330km以上
トランスミッション 6速
フレーム形式 ツインチューブ
タイヤ ミシュラン
  ホイール径(前) 16.0インチ
  ホイール径(後) 16.5インチ
サスペンション ショーワ SPL
  形式(前) テレスコピック式
  形式(後) プロリンク
燃料タンク容量 21リットル 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2009

2009年よりMotoGPは大きなレギュレーション変更が施行され、ブリジストンタイヤのワンメイクとなった。
2008まではエンジンを何基使用しても良かったが、翌2010年からの新ルール、エンジン使用数制限を本格的に迎えるにあたり、2009年のサマーブレイク明けから準備期間として新ルールが適用された。
つまり第11戦チェコGPから最終戦のバレンシアGPまでの残り7戦で、選手1名につき使用エンジンを最大5基までとする、というエンジン使用数が制限される事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2009 HONDA RC212V #3 ダニ・ペドロサ Dani Pedrosa

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2009年式RC212Vはそれまでの1年ごとのフルモデルチェンジを止め、2008年式の熟成型モデルとなった。
フルモデルチェンジから正常進化、全面刷新から熟成・・それがHondaの2009年のテーマだった。
近い未来へのタイトル獲得の為、革新より熟成を選択した。

2008年まではタイヤメーカーがマシンに合わせたタイヤを製作してくれていたが、2009年のレギュレーション変更、タイヤワンメイク化によってマシン開発は大きな転換期を迎えた。
長年ミシュランタイヤ契約だったHondaはワンメイクとなったブリジストンタイヤにフィットした車体作りが要求されたが、ブリジストンタイヤへの車体の合わせこみは多くの時間を必要とする作業だった。

更なる誤算がHondaに降りかかる。
オフシーズンにチームのエースライダーのダニ・ペドロサが転倒、負傷し開幕前のテストに参加出来なくなった。
よって2009年式RC212Vはこの年ホンダ・ワークスチーム”レプソル・ホンダ”に移籍したアンドレア・ドヴィツィオーゾが主導となりシーズン前のテストが行われたが、車体開発は当初の予想を超え、困難を極めた。
シーズン中も前後重量配分の見直し、ニューマチックバルブ仕様のエンジンの熟成、フレーム、サスペンション、トータルでブリジストンタイヤに合わせた車体造りを模索していった。
2011年シーズンを見据えて、ドヴィツィオーゾがサスペンションをショーワからオーリンズに変更、第12戦インディアナポリスから実戦投入された。
これはタイヤのワンメイク化に伴い、足回りをライバルと同じ仕様にすることでトラブルの原因をシンプルにすることが目的であった。

この年よりエンジン使用制限がされたが、ホンダはこの年、耐久性を上げた特別仕様のエンジンを用意する事はなかった。
HondaにはV4エンジンに対して30年を超える実戦での開発実績があった。
エンジンの耐久性・信頼性に絶対的自信を持っていた。

エンジンには自信がある。
ニューマチックバルブの熟成、出力特性の更なる向上、狙ったようにアップデート出来ていたからだ。
更なる車体の熟成が次なるテーマとなった。

RC212Vの戦績は1年ごとのフルモデルチェンジをした2007年、2008年はそれぞれ2勝だったが、熟成型の2009年はペドロサが第8戦アメリカGP、最終戦バレンシアGPと計2勝、アンドレア・ドヴィツィオーゾも10戦イギリスGPで最高峰クラス初優勝を飾り、トータル3勝を獲得した。

全長 2060mm
全幅 645mm
全高 1125mm
軸距 1450mm
最低地上高 125mm
車両重量 148kg以上
エンジン種類 水冷 4ストローク DOHC4バルブ V型4気筒
  総排気量 800cc
  最高出力 210PS以上
  最高速度 330km/h
ミッション カセット式6速
フレーム形式 アルミツインチューブ
タイヤ ブリヂストン 
  ホイール径(前) 16.5インチ
  ホイール径(後) 16.5インチ
サスペンション ショーワ SPL
  形式(前) テレスコピック式
  形式(後) プロリンク
燃料タンク容量 21リットル  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2010

2010年からライダー1名あたりが使用できるエンジン数が年間最大6基に制限されるという、エンジン使用制限が新レギュレーションとして施行された。
同時に数多くの項目でマシンを規制するレギュレーションも実施された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2010 HONDA RC212V #26 ダニ・ペドロサ Dani Pedrosa

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2010年RC212Vは車体、エンジン、電子制御、それぞれがすべて刷新された。
ブレーキング、チャタリング・・問題点を改善させる為に開発のテーマに上げられたのは”減速性能の向上”だった。
ブレーキング時の安定をより高め、更に旋回性能の向上を重点に開発が行われた。

燃料を高効率に出力へ変換させ、ドライビリティの向上を狙った電子制御の全面的な改良。
F1チームから招いたエンジニアが2輪レースに慣れるにつれ、システムや考え方が進化、コンセプトから作り直した。

エンジン使用数が年間6基に制限されるという新レギュレーションに対し、エンジンは従来と同等の出力で耐久性を向上させた。

2010年からサスペンションはオーリンズ、ホイールも自社生産モデルからマルケジーニ製へと変更された。
新しい足回りと新エンジンに合わせ新設計されたシャーシはエンジン搭載位置を変更し、低重心化を実現。
これによりブレーキング時の安定性を向上させ、タイヤにより優しいマシンを実現させた。

新シャーシに対して前年後半からオーリンズを使用、なおかつ深いバンク角を多用するアンドレア・ドヴィツィオーゾは良い適合性をみせていたが、ライディングの異なるダニ・ペドロサが開幕戦カタールでマシン挙動に悩まされていた。
この結果に対し、HRCは対策シャーシ実戦投入を決断。
アイスランドの火山の影響で第2戦から秋に延期された日本GP、この空いた期間が新シャーシ製作への追い風となった。
結果、次戦スペインGPに新型シャーシ投入、ペドロサは2位表彰台を獲得した。

その後もマシンのアップデートを繰り返し、ダニ・ペドロサはシーズン終盤までチャンピオン争いを行っていた。
しかし、第14戦日本GP初日、マシントラブルにより転倒・負傷、これによりタイトル争いから脱落。
Hondaにとっても忘れる事の出来ない苦いシーズンとなった。

名称 RC212V
全長 2052mm
全幅 645mm
全高 1110mm
ホイールベース 1435mm
最低地上高 115mm
車両重量 150kg以上
エンジン種類 水冷 4ストローク DOHC4バルブ V型4気筒
排気量 800cc
最高出力 155kW以上
燃料タンク容量 21リットル
変速機 6速
タイヤ(前)  16.5インチ
タイヤ(後)  16.5インチ
サスペンション(前) テレスコピック式
サスペンション(後) プロリンク
フレーム形式 ツインチューブ
燃料タンク容量 21リッター 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2011

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2011 HONDA RC212V #27 ケーシー・ストーナー Casey・Stoner

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2011 RC212V #27 Casey Stoner

2011 RC212V #27 Casey Stoner

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2011年、MotoGPはレギレーション変更の為、排気量800cc最終年。
排気量800ccになって一度もチャンピオンを獲得していないホンダは本気だった。

2011年のHondaのテーマは原点回帰、つまり”パワーのHONDA”だった。
ブレーキングやコーナリングにこだわりすぎて、得意分野を生かしきれていないのではないか・・と考えたのだ。
「どっかんパワーでもいい、もう一度Hondaらしさで勝負しょう!」

2010年中盤以降、RC212Vはある一定以上の仕上がりをみせていた。
2011年型RC212Vは基本的には2010モデルの熟成型。
重箱の隅をつつくような改良が積み重ねられ、パワー(おそらく230~240馬力)を確保しながら、エンジンの耐久性を上げていった。

更にエンジンのトルクを効率よく路面に伝えるための画期的な「シームレスミッション」を実戦投入した。
これはシフトアップ時の段差やトルクのロスが少ない機構。
シフトアップの時間を短縮する為、加速性能が上がり、ラップタイムの短縮に貢献した。

ワークスの3台とグレシニーニチームのシモンチェリのマシンにそれぞれ、ミッション専門メカを帯同させ、チーム内でも目隠しをした状態でメンテナンス、その後、ミッションはエンジンに組み込まれた。
2011シーズンは剛性の異なる2種類のスイングアーム用意され、高速コース、低中速コースと用途に合わせて使い分けられた。

この年、ドゥカティワークスからケーシー・ストーナーが電撃移籍。
ホンダRC212Vとストーナーのマッチングは良く初期テストから好タイムを連発した。

2011年シーズン、ストーナーは開幕戦カタールより勝利し、第4戦フランスでマルコ・シモンチェリとの接触事故により怪我をして戦列を離れたダニ・ペドロサとは対照的に勝利を重ねていった。
2011年、ケーシー・ストーナーは10勝、予選ポールポジション12回、自身2度目となるチャンピオンを獲得した。
表彰台を逃したのはドゥカティのバレンティーノ・ロッシ転倒に巻きこまれてリタイアしたスペインGP1戦のみと非常に安定したシーズンをおくった。

ドゥカティ在籍時はトラクションコントロールの申し子と思われていたケーシー・ストーナー、HRC副社長兼レプソルホンダチーム代表の中本修平氏によると、実はストーナーはトラクションコントロールの介入を嫌い、極力、己の能力でモンスターマシンをコントロールしていた。

Repsol Hondaは800cc最終年の2011年、マニュファクチャラー・ライダー・チームの3冠を達成した。
 
全長×全幅×全高(mm) 2,052×645×1,110
ホイールベース(mm) 1,435
最低地上高(mm) 115
乾燥重量(kg) 150以上
エンジン形式 水冷4ストローク DOHC4バルブ V4
総排気量(cm3) 800
最高出力(kW) 155以上
変速機形式 常時噛合式6段
燃料タンク容量(l) 21
潤滑方式 ドライサンプ
フレーム アルミツインチューブ
ブレーキ 前 油圧式ダブルディスク
後 油圧式シングルディスク
サスペンション 前 テレスコピック(倒立/OHLINS)
後 プロリンク
ホイール 前 フォージングホイール/16.5
後 フォージングホイール/16.5
 

 

 

 

2011 HONDA RC212V #26 ダニ・ペドロサ Dani Pedrosa

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ダニ・ペドロサは第4戦フランスGPでのマルコ・シモンチェリとの接触事故により、3戦を欠場。
後にシモンチェリからの和解の握手が差し出されたが、ペドロサはこれを拒んだ。
しかし、シモンチェリと和解の握手をするチャンスは永遠に失われてしまった。
チャンピオンシップを逃した悔しい年ではあったが、2つの大きな事故がペドロサの心に傷として刻まれ、彼を人として大きく成長させた。 

 

 

2011 HONDA RC212V #58 マルコ・シモンチェリ Marco Simoncelli

(画像は第42回東京モーターショー2011 NISSIN"日信工業株式会社"ブースより)

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2011年、HRCはワークスチームのレプソルホンダの3人、ストーナー、ペドロサ、ドビジオーゾと同様のマシンをサテライトチームに所属する最高峰クラス2年目のマルコ・シモンチェリに与えた。
シモンチェリはパドックでは人懐っこく愛すべきキャラクターだったが、一度コースに出ると鬼のような走りをみせ、時にはそのアグレッシブすぎる走りが物議をかもしだした。
また、一線級の速さを魅せるが、決勝では転倒が多く結果に結び付かない。

しかし、2011年終盤には安定感が増し、競り合いにも強くなった。

表彰台に何度も登り、頂点まであと一歩の走りを魅せたが、レース中の悲しい事故により帰らぬ人となった。

 

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R.I.P. Super Sic

 

 

 

2011 HONDA RC212V #4 アンドレア・ドヴィツィオーゾ Andrea Dovizioso 40_4_andrea_dovizioso ランキング3位

 

 

 

2011 HONDA RC212V #7 青山博一 Hiroshi Aoyama 245_7_hiroshi_aoyama_2011motogp_rd15_japan_motegi_rc212v ランキング10位

 

 

 

2011 HONDA RC212V #24 トニ・エリアス Toni Elias 456_24_toni_elias_rc212v_lcr_honda_2011motogp_rd15_japan_motegi ランキング15位

 

 

 

2011 HONDA RC212V #64 秋吉 耕佑 Kosuke Akiyoshi 495_64_kousuke_akiyoshi_rc212v_lcr_honda_2011motogp_rd15_japan_motegi

 

 

 

2011 HONDA RC212V #72 伊藤真一 Shinichi Ito 546_72_shinichi_ito_hrc_rc212v

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2012

2008年のリーマンショックは世界最高峰のロードレースMotoGPにも黒い影を落としていた。
年々縮小する企業の宣伝活動、スポンサーの撤退、グリッド数の減少。
MotoGP運営団体のドルナはグリッド数減少の対抗策としてCRTルールを打ち出した。
CRTルール、つまりClaiming Rule Teams。

量産車ベースのエンジン、シャーシは量産車ベースNG、独自製作ベースの物しか使えない。
これは参戦費用を削減し、新規メーカーや新規チームを参入しやすくするためのルールだった。

CRTマシンのベースが排気量4ストローク1000ccと選択された。
これにより安全上の理由で排気量800ccに制限されていたマシンが、再び、排気量4ストローク1000ccのマシンに拡大された。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2012 HONDA RC213V #26 ダニ・ペドロサ Dani Pedrosa

(画像はHonda Motorsports Thanks Fair 2012 2012 MotoGP 第15戦 日本GP・もてぎより)

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Honda21世紀における3世代目の車両、排気量1000ccのRC213Vは基本思想はRC212Vの延長戦上で開発が進められていた。
レギュレーションにより最低重量も150kgから153kgに変更されていたので、対策をほどこし2011年シーズン終了直後のバレンシアテストに臨んだ。
バレンシアテストでは2人の契約ライダーから「800ccのRC212Vよりいい」と高評価を得ていた。

ところがシーズンオフに急なレギュレーション変更、マシンの最低重量が153kgから更に157kgに引き上げられた。
RC213Vは153kg仕様でほぼ完成していた為、現場は混乱した。
4kg重くなるという事は1年かけて作り上げた車体をイチから作り直さなければならない事を意味したからだ。

2月のセパンテストでは4kgの重りを装着して参加、ブレーキングでフロントに荷重がかかり過ぎたり、チャタリングが発生するなど問題が山積、シーズンが始まってもマシンの改良作業は続けられた。
第2戦、第3戦ストーナーが連勝したが、これはケーシーがチャタリングが出ないよう走り方を変えて対応した為に得られた勝利だった。
続くフランスGPでケーシー・ストーナー現役引退を発表。

第5戦カタルニアGP後のテストでチャタリング対策に一筋の光が見えてきたが、レギュレーションにより第6戦イギリスからブリジストン新型フロントタイヤが導入が以前より決まっていた。
シーズン中にタイヤが変わるとなれば、当然、大きな変更が要求される。
更なる車体改良に臨まなければならなかった。

第7戦オランダGPで新タイヤに対する対策品を投入、ダニは新シャシーで闘い、ケーシーは従来型シャシーで決勝に挑み、これに勝利した。
第8戦ドイツGP、トップ争いを行っていたケーシーが最終ラップで転倒、ここで歯車が大きく狂ってしまったのか、第9戦イタリアで8位、第9戦アメリカでは勝利したものの第11戦インディアナポリスGP、ウィーク中の転倒で大怪我を負ってしまう。
決勝をなんとか走りきったもの主治医からドクターストップ、3戦を欠場しチャンピオン争いから脱落した。

対するダニ・ペドロサは第8戦ドイツGPで2012シーズン初勝利を飾る。
第9戦イタリアGPで2位、イタリアGP終了後に2013型先行シャーシ、新エンジンのテストを行い好感触を得た。
後半戦が始まってもダニの好調は止まらず、第12戦チェコGPではタイトルを争っていたホルヘとガチンコバトルを展開、多くの観客を魅了する好ライディングをみせ、これに勝利した。

第13戦サンマリノGP、決勝スタート直前でエンジンストールするマシンがおり、スタートをやり直すことになった。
再スタートタイムのスケジュールの詳細が現場に上手く伝わらず混乱、そのためかペドロサのマシンのフロントタイヤウォーマーがからみつきフロントタイヤをロック、急ぎピッットロードにマシンを移動、ロックは解除されたが、ペドロサはペナルティーを課され最後尾スタートとなった。
決勝レースで追い上げ中だったダニ・ペドロサだったが、エクトル・バルベラに衝突され転倒リタイヤ。
もしペドロサが本来のポールポジジョンの位置からスタート出来ていたら、クラッシュに巻き込まれる事もなかったはずだ。
何とも後味の悪いレースとなった。

ダニ・ペドロサは自身シーズン最多の7勝を飾ったものの、絶対に落とせない第17戦オーストリアで転倒リタイア、念願のタイトルまであと一歩届かなかった。
レースに”・・たら・・れば”はないが、レギュレーションや運営がもっとしっかりしていれば、異なる結果になっていたかもしれない。

2012年シーズンのHondaはペドロサ7勝、ストーナー5勝、18戦中12勝コンストラクターズ・チームの2冠を獲得。
シーズン前半はレギュレーションに翻弄され、車体が決まった後半は圧倒的な強さをみせた。

全長 2,052mm
全幅 645mm
全高 1,110mm
ホイールベース 1,435mm
最低地上高 115mm
車両重量 157kg以上
エンジン種類 水冷4ストローク DOHC4バルブ V4
排気量 1,000cc
最高出力 230馬力以上
燃料タンク容量 21リットル
タイヤ BRIDGESTONE
(前)  16.5インチ
(後)  16.5インチ
サスペンション ÖHLINS
(前) テレスコピック式
(後) プロリンク
フレーム形式 アルミニウム ツインチューブ  

 

 

 

2012 HONDA RC213V #1 ケーシー・ストーナー Casey・Stoner

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2012 HONDA RC213V #6 ヘルムート・ブラドル Helmut Bradl 196_6_stefan_bradl_ldr_motogp_rc213v ランキング8位

 

 

 

2012 HONDA RC213V #19 アルバロ・バウティスタ Álvaro Bautista 305_2012_19_alvaro_bautista_rc213v ランキング5位

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2013 HONDA RC213V #93 マルク・マルケス Marc Marquez

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2013年RC213Vは800cc時代のRC212Vより基本的ジオメトリーは変わっていない。

2012年にレギュレーションによりブリヂストンの新タイヤが導入され、ホンダはその対策フレームを2012年後半より導入、2013年もこのフレームで闘った。

2013年シーズン、レース序盤にヤマハのロレンソがレース序盤に独走し、これをホンダ勢が追う展開がよく見られた。

ヤマハのYZR-M1の方がエッジグリップが高く、早い段階でアクセルを開けていけたが、ホンダのRC213Vこの点で劣っていた。

レース中盤以降にM1のエッジグリップがなくなってから、動力性能に優れるホンダ勢が巻き返すというレース展開がよくみられたシーズンだった。

第14戦アラゴンGP決勝、ダニ・ペドロサのマシンとマルク・マルケスのマシンが接触。
ペドロサ車のスイングアーム後方先端のトラクションコントロールのセンサーが切断され、トラクションコントロールが突然効かなくなったペドロサはハイサイド転倒、リタイアとなった。
これに対し、ホンダは対策パーツを製作、実戦導入した。

 

motogp.com”D.ペドロサ、チームメイトとの接触が転倒の原因”

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対策前 対策後

motogp.com”MotoGP Aragon 2013 - Honda in Action ”

 

前年度をもって引退したケーシー・ストーナーに変わりMoto2チャンピオンのマルク・マルケスがHRCに新たに加入した。
最高峰クラスルーキーのマルケスはシーズン開幕前のテストから効タイムを連発。
開幕戦カタールGPではHRCのエースライダーのペドロサを破り、3位表彰台を獲得。
第2戦アメリカズではマルク・マルケス、2戦目にして勝利を獲得。
1982年にスペンサーが樹立した史上最年少PP記録を塗り替え、史上最年少優勝記録を31年ぶりに更新、ルーキーながらランキング首位に浮上した。
第3戦スペインの最終ラップ最終コーナーでのロレンソとの接触。
第14戦 アラゴンGP ペドロサとの接触では、故意ではなかったが僚機ペドロサ車のトラクションコントロールのセンサーを切断させ、これによりペドロサはハイサイド転倒、ペドロサは残念ながらタイトル争いから脱落してしまう。
コース改修によりタイヤへのダメージが深刻なものとなった為、フラッグ・トゥ・フラッグルールが適用された第16戦 オーストラリアGPでマルケスピットアウトの際、レーシングスピードで走るロレンソと接触。
モト2時代から問題となっていたマルケスのアグレッシブ過ぎるライディングに対し、物議が醸し出されたシーズンだった。
しかし、上体を大きく傾けモンスターマシンを振りまわして走るそのライディングスタイル、マスコミ受けするその小悪魔的キャラクターはMotoGP界の世代交代を予感させ、多くのファンを魅了した。
ルーキーながらシーズン6勝を獲得したマルケスが新チャンピオンに輝く。
レプソルホンダはこの年、開幕前に設定した3冠奪回の目標、ライダー部門、コンストラクター部門、チーム部門、以上の3連覇を達成した。

 

総排気量 1000cc
エンジン型式 水冷 4ストローク DOHC16バルブ V型4気筒
最高出力 170kW以上 

全長 2052mm
全幅 645mm
全高 1110mm
車両重量 160kg以上

燃料タンク容量 21リットル
変速機 6速
タイヤ(前) 16.5インチ 
タイヤ(後) 16.5インチ サスペンション(前)
テレスコピック式 サスペンション(後) プロリンク
フレーム型式 アルミツインチューブ
ECU HRC

 

 

 

 

 

2013 HONDA RC213V #26 ダニ・ペドロサ Dani Pedrosa

(画像は2013汐博他より)

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2013 HONDA RC213V #6 ステファン・ブラドル Stefan Bradl

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2013 HONDA RC213V #19 アルバロ・バウティスタ Alvaro Bautista

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2014

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2014 HONDA RC213V #93 マルク・マルケス Marc Marquez

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~追記・その1~

HONDAは2003年から2005年3年間、日本を代表するコンストラクター「モリワキ」にRC211Vのエンジン供給を行った。

 

2005 モリワキ MD211VF 松戸直樹

MORIWAKI MD211VF Naoki Matsudo

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モリワキは80年代、全日本ロードレースTT-F1クラスでフレームビルダー、エンジンチューナーとして名を馳せた。
フレームを独自に改造して、ワークスチームと互角に戦ったが、時は流れTT-F1クラスは廃止された。
フレームビルダーとして手腕を生かせるレースは年々減少してゆく。
モリワキは世界最高峰クラスMotoGPで、自社のフレーム技術を磨きたいと参戦を決意した。

 

 

HONDAは2006年には「チームロバーツ」にもRC211Vのエンジン供給、MotoGP参戦のサポートを行っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~追記・その2~

 

2013 HONDA RCV1000R

 

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2013年、世界最高峰のモーターサイクルレース”MotoGP”にフル参戦する24選手のうち、12選手がいわゆるワークスマシンのプロトタイプを使用。
残る12選手はCRT(Claiming Rule Teams クレーミング・ルール・チーム)マシンを使用。

CRTマシンとは量産車ベース市販マシンのエンジンにオリジナルフレーム専用マシンである。
参加台数増加の為に2012年に新設されたルールだったが、プロトマシンとCRTマシンの性能差は埋めがたいものがあった。
1つのレースに性能が異なる2種類のマシンを混走する事は安全性にも問題があった。

2014年より新ルールが施行される事になった。
簡単に分けるとファクトリーかノンファクトリーでないかという分け方となる。

いわゆるファクトリーマシンはソフトウエアの選択は自由だが、燃料は20ℓ、エンジンは5基のみ使用可。

これに対してノンファクトリーマシンは電子制御は公式ECUソフトウエア、Magneti Marelliマニェッティ・マレリ社製の使用が義務となる。
燃料24ℓおよびエンジンが12基使用可となる。
更にノンファクトリー勢、つまりオープン機はファクトリー勢よりも更にソフトなコンパウンドを使用したブリジストン製専用タイヤが使用出来る。

2014年よりファクトリー機とオープン機・・
つまり、2014年より実戦投入されるホンダ市販レーサーRCV1000R、ヤマハよりリースされたフォワード・レーシングのM1、エルナンデスのドゥカティ・デスモセディチ、そして旧CRT勢であるFTR・カワサキ、ARTを交えたバトルが展開される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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画像はHonda Collection Hall 開館15周年記念リクエスト展示 MotoGP世界選手権編"MotoGPへの挑戦"より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2011 RC212V #27 Casey Stoner

2011 RC212V #27 Casey Stoner

Bridgestone Motorsport

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"MotoGP" LINK・関連画像

 

2013 MotoGP 世界選手権シリーズ第17戦 日本グランプリ・もてぎ 画像集  "MotoGP編"

2012 MotoGP 世界選手権シリーズ第15戦 日本グランプリ・もてぎ 画像集  "MotoGP編"

2011 MotoGP 世界選手権シリーズ第15戦 日本グラ ンプリ・もてぎ 画像集  "MotoGP編"

 

 

 

 

HONDA

 

HONDA RC211V~RC212 Evolution "RC211VからRC212Vの進化を画像で見る事が出来 ます"

 

2013 HONDA RC213V #93 マルク・マルケス Marc Marquez

2011 HONDA RC212V #27 ケーシー・ストーナー Casey・Stoner

2011 HONDA RC212V #58 マルコ・シモンチェリ Marco Simoncelli

2010 HONDA RC212V #24 ダニ・ペドロサ Dani Pedrosa

2009 HONDA RC212V #3 ダニ・ペドロサ Dani Pedrosa

2007 HONDA RC212V #56 中野真矢 Shinya Nakano

2004 HONDA RC211V #69 ニッキー・ヘイデン Nicky Hayden

2011 RC211V プロト

 

 

 

YAMAHA

 

YAMAHA YZR-M1 Evolution "YAMAHA YZR-M1の進化を画像で見る事が出来ます"

 

2011 YAMAHA YZR- M1 (OWT1) #1  ホルヘ・ロレンソ Jorge Lorenzo

2011 YAMAHA YZR- M1 (OWT1) #11 ベン・スピーズ Ben Spies

2010 YAMAHA YZR-M1(0WS9) #99  ホルヘ・ロレンソ Jorge Lorenzo

2010 YZR-M1(OWS9) #46 バレンティーノ・ロッシ Valentino Rossi

2009 YAMAHA YZR-M1 (OWS8) #46 バレンティーノ・ロッシ Valentino Rossi

2009 YAMAHA YZR-M1 (OWS8) #99  ホルヘ・ロレンソ Jorge Lorenzo

2008 YAMAHA YZR-M1 (OWS5) #46 バレンティーノ・ロッシ Valentino Rossi

2008 YAMAHA YZR-M1(OWS5) #48 ホルヘ・ロレンソ Jorge Lorenzo

2008 YAMAHA YZR-M1(OWS5) #48 ホルヘ・ロレンソ Jorge Lorenzo(ルパン3世 Lupin the 3rd)

2006 YAMAHA YZR-M1 (OWR3) #46 バレンティーノ・ロッシ Valentino Rossi

2005 YAMAHA YAMAHA YZR-M1 (OWP4) #46 バレンティーノ・ロッシ Valentino Rossi

2004 YAMAHA YZR-M1(OWP3) #46 バレンティーノ・ロッシ Valentino Rossi

2003 YAMAHA YZR-M1(OWN3) #4 アレックス・バロス  Alex Barros

2003 YAMAHA YZR-M1 (OWN3) #17 阿部典史 Norick Abe

2002 YAMAHA YZR-M1(OWM1) #3 マックス・ビアッジ Max Biaggi

 

 

 

SUZUKI

 

2009 GSV-R (XRG2) #65 ロリス・カピロッシ Loris Capirossi

 

 

 

KAWASAKI

 

2005 ZX-RR #56 中野真矢 Shinya Nakano

 

 

 

Ducati

 

2007 Desmosedici GP07 #27 ケーシー・ストーナー Casey Stoner

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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80年代以降のモーターサイクルレーサーの画像を年代ごとに並べてみました。

 

8901 (150x114) 1992 (150x113) 8834 (150x110) zx_rr (150x110)

"Motorcycle racers" Photograph album

 

 

 

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2010年6月12日 (土)

1993 TZ250M(OWF3) #31 原田哲也

1993 TZ250M(0WF3) #31 Tetsuya Harada

Telkor-Yamaha Valesi team

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03_1993_tz250m_31_2012_motogp_motegi

04_1993_tz250m_31_2012_motogp_motegi 05_1993_tz250m_31_2012_motogp_motegi

 

This was a modified World GP machine based on the 1993 TZ250 production racer.
The engine,inspired by feedback from the 1990 YZR250,was a single-axis crankshalf,V2 that achieved superb acceleration and output as a result of three years of refinement.
The chassis and wheel-suspension area featured many special parts that differed from the production model and helped support Tetsuya Harada's flexible machine control.
This machine contributed to his winning the World GP Championship on his first attempt.

 

 

Engine: 2-stroke, V2-cylinder, 249cm3
Max. output: over 62.5kW(85PS)
Aluminum Deltabox frame

 

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1993年型市販レーサーTZ250をベースにモディファイした世界GPマシン。
'90年型YZR250からフィードバックした一軸クランク・V型2気筒エンジンは、3年にわたる熟成によって優れた加速性能、出力特性を発揮。
車体や足まわりには市販モデルと異なる専用パーツが数多く織り込まれ、原田哲也の自由自在なマシンコントロールをサポート。
世界GP挑戦1年目でのチャンピオン獲得に貢献した。
車体の「M」はファクトリーチューンのモデファイ(Modify)を意味する。

 

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世界チャンピオンは来年考えればいい。

それよりも何よりもシーズン最終戦の勝利が欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

51 1993 TZ250M(OWF3) #31 原田哲也

 

1992年世界グランプリ開幕戦・鈴鹿、スポット参戦した2人の日本人ライダーが表彰台を獲得。、
ホンダの岡田忠之が2位、青木宣篤が3位。
2人の日本人ライダー活躍は全日本ロードレースが世界グランプリレベルに近いものである事を証明していた。

 

1992年全日本ロードレースではヤマハの原田哲也とホンダの岡田忠之が第6戦の鈴鹿で史上初の同着優勝。
憮然とした表情で表彰台に並んで立つ2人の全日本トップライダー。

この年の全日本はグランプリ以上の激しいバトルが繰り広げられていた。
その内容の濃いバトルがそれぞれのメーカーの首脳陣に認められ、ついに念願であったグランプリへの門戸が開かれる。

 

1992年のシリーズランキング上位3人がこぞって、1993年よりWGPへの挑戦を開始した。

ヤマハの原田哲也、ホンダの岡田忠之と青木宣篤、ルーキーらしからぬ速さを見せつけた。
4勝をマークした原田が世界チャンピオンに輝き、岡田はシリーズランキング8位、青木(宣)は1勝を挙げて同11位を獲得した。

 

そして3人はWGPに欠かせない選手へと成長してゆく。

Web オートバイ” 岡田忠之 VS 原田哲也 の伝説の一戦がDVD化!”

 

 

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画像は2012年10月茂木サーキット

”ツインリンクもてぎ開業15周年記念展示『’90s Racing Collection』第5回 MotoGP世界選手権編”より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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古くからプライベートで付き合いのあった若井伸之がスペイン・ヘレスで亡くなった。

原田に世界グランプリの素晴らしさをその溢れる情熱で伝えてくれた若井・・

とてもレースに集中出来る状況ではなかった。

でも・・やるしかない。

原田にとって、スペイン戦は若井の弔い合戦となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

” Wikipedia フリー百科事典”原田哲也

YF DESIGN ”原田哲也選手”

”Wick Visual Bureau”250cc Final Round in 1993 原田哲也タイトル獲得の日

TAMIYA"1/12オートバイシリーズ No.64 ヤマハ TZ250M ’93 GP-2チャンピオンマシン"

ともぞうの日々なにかが起こる"日本に行きました(^ ^) 2 "

ゼッケン31

 

 

 

 

もっと大きい画像が見たい方は画像を2度クリックするか・・コチラ↓

”1993 TZ250M(0WF3)原田哲也 ”画像

 

 

 

 

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(失敗写真なんですが・・アラーダのアツいオーラに見えるのは俺だけ・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

WGP 2st 250cc LINk

 

HONDA

2009 HONDA RS250RW #4 青山博一Hiroshi Aoyama

2007 HONDA RS250RW #55 高橋裕紀 Yuki Takahashi

2001 HONDA NSR250 #74 加藤大治郎 Daijiro Kato

1999 HONDA NSR250 #4 宇川徹 Tohru Ukawa

1997 HONDA NSR250 #2 加藤大治郎 Daijiro Kato

1996 HONDA NSR250 #3 ラルフ・ウォルドマンRalf Waldmann

1993 HONDA NSR250 #18 岡田忠之 Tadayuki Okada

1992 HONDA NSR250 #1 ルカ・カダローラ Luca Cadalora

1991 HONDA NSR250 #3 ルカ・カダローラ Luca Cadalora

1985 HONDA RS250RW #19 フレディー・スペンサー Freddie Spencser

 

 

 

 

YAMAHA

2000 YAMAHA YZR250(0WL5) 中野真矢 Shinya Nakano

1993 YAMAHA TZ250M(OWF3) 原田哲也 Tetsuya Harada

1990 YAMAHA YZR250(OWB9) ジョン・コシンスキー John Kocinski

1986 YAMAHA YZR250 (OW82) 平忠彦 Tadahiko Taira

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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80年代以降のモーターサイクルレーサーの画像を年代ごとに並べてみました。

 

8901 (150x114) 1992 (150x113) 8834 (150x110) zx_rr (150x110)

"Motorcycle racers" Photograph album

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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